いのちのDIARY~危機~

    しばらくお休みしていた「いのちのDIARY」を更新しました。
    
    夏菜、2歳7カ月。インフルエンザが今のように「インフルエンザ脳症」の

    危険がまだ知られていなかった頃のことでした。



          「いのちのDIARY」>

1999年3月2日。楽しいひな祭りの前日。
夏菜は夜になって熱が出た。最初は37度だったけど、どんどん上がって39度近く上がった。
このまま明日の朝まで家で様子を見るか…それとも病院に連れていくか…
23時になった。熱は40度近くある。

「ふ~ふ~」

あまりにも高すぎて眠れない夏菜。どうしようか・・・いつものK先生は今はいないだろう…

24時になるちょっと前に起きた…

右手と右足が揺れている・・・・目がどっかに向いている・・・

これは「発作」だ!けいれんが起きている!
でも片方だけ・・・これはかなり危険だと言うことだと知っていたので、急いで生まれたときからのかかりつけの病院に電話をした。

「すみません。子供がけいれんを起こしているんです。すぐに診てください!」

「こちらの病院は第三次救急指定病院なので診察できません。今日の当番の病院に行ってください」

「うちの子はそこの病院で生まれて、極小未熟児でずっとかかっていました。他の病院に行ったことがないんです!」

「でも決まりは決まりですから・・・」


電話は切れた。

このままではいけない!夏菜の片方のけいれんは止まらない。かなり危険だ。


きっと連れて行っても、診察はしてくれないかもしれない…
このままでは危ない!


・・・・・・・・「何かあったら新生児科の病棟に電話をしてくださいね」・・・・・・

主治医の言った言葉を思い出した。


「もういい!管理室に電話してもだめだから病棟に電話する!」

「もしもし、K先生が主治医の***夏菜ですが、先ほどからけいれんが起きて止まりません。片方だけで10分続いているんです。管理室では診察拒否されてしまって・・・」

「ええ~!すぐに夏菜ちゃんを連れて来て下さい!K先生は当直ではないので他の小児科の先生にすぐ見てもらえるように救急に言っておきます。何分でこれますか?救急車の方が早かったら、連絡をしたと伝えてください。」

「大丈夫です。救急車より自宅の車の方が早く着きます。15分で着きます。」

「では、直ぐに来てください」


夏菜はけいれんをしたまま・・・だっこして車に乗る。
「このままではたぶん脳に障害が残ってしまうだろう・・・」

大学で学んだ「救急」の授業。

「片方のけいれんは危険」「30分以上続くと危険度が高い」


病院まで順調に進んで10分で着いたけど、その間ずっとそのことが頭をぐるぐると廻る…

夏菜はもうだめかもしれない・・・たとえ助かっても、今より重い後遺症が残る可能性が高いだろう…


「お母さん、直ぐにベッドに寝かせてください。今までの症状をこちらの看護婦に話してください」

私は夏菜が熱が出た時間から、発作を起こした時間、起きている時間、どのような発作だったか…全部を話し終えたころ、夏菜はけいれんが止まった。

でも意識は戻らなかった。

半分目を開けている…もうだめかもしれない…ここまで頑張ってきたのに…

「このまま意識を戻されない場合、覚悟してください。けいれん時間が長かったのと、片方だけのけいれんはかなり危険です。」

「はい・・・」

このまま・・・このまま・・・意識が戻らなかったら、夏菜はもう私たちのところに戻ってこれないんだろう・・・

わからない!どんなに危険な状態でも・・・まだ決まっていない。でも覚悟はしている。

「点滴のラインを取りますから、お母さんたちは外でお待ちください」


「い・・・痛いよ~お母さん!」

夏菜が泣いている!

「痛い」って!「お母さん」って!ちゃんと声を出している。

「お父さん、お母さん、夏菜ちゃん意識が戻りました!今はっきりと声が出ました!たぶん危険からは脱出できたと思います。でも検査を受けないとわかりません。このまま入院でいいですね。付き添いはお母さんでいいですよね?あとK先生には明日すぐに夏菜ちゃんのことを報告します。今回は私が担当しましたので主治医は私ですので、よろしくお願いします。」

「はい。どうもありがとうございました。」



そのまま、夏菜は入院した。私は一緒に小さなベッドの隣の椅子に座ってずっと夏菜を見つめた。
検査でどうなるんだろうか…明日は目覚めるのだろうか…

不安な夜を送った

夏菜は夜明けごろ、目を覚ました。

「おはよう・・・お母さん」

「おはよう夏菜ちゃん…どこか痛くない?」


怖いけど、ちゃんと感覚があるかどうか、いろいろと触った。

「くすぐったいよ」

大丈夫らしい・・・感覚はあるみたいだ。


朝、8時すぐにK先生が走って病室に来た。

「夏菜ちゃんのこと聞きました!すみません!受診拒否なんて…申し訳ありません」

「いいえ・・・でも先生が前に『病棟に電話をするように』と言ってくれたのを思い出したんです」

「このことは院長にも報告します。今度このようなことがないようにします。夏菜ちゃんが無事に意識を戻したのでよかったけど・・・もし戻らなかったら・・・・」

先生は言葉を詰まらせた。

ずっと夏菜を診てきた先生。先生あの電話の対応に相当頭に着たようでした。


夏菜は当時まだそれほど知られていなかった「インフルエンザ脳症」になる一歩手前だった。


夏菜は危機を脱することができた。

半年後、脳波、MRI、CT などの検査をして、特に後遺症はないことが分かった。



夏菜2歳8カ月。沖縄に行った。
最初はけいれんのこともあって、行くのをやめようと思ったけど、K先生が薬で止められるし、先生の手書きの夏菜の経歴を用意してくれたので行くことにしました。

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夏菜2歳9カ月。初めての小動物と触れ合う。

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夏菜2歳10カ月。自転車に乗ってご機嫌。

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夏菜2歳11カ月。初めて手押し車に乗ることができた!なんとか自分で少しだけどバランスが取れるようになった!

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夏菜3歳のお誕生日!おめでとう!生きてて、生まれてよかったね!

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また続く・・・







夏菜の入院を応援してくれてありがとう!夏菜はリハビリ頑張っています!
夏菜もわたしも・・・みんなで明日も楽しく過ごそうね\(^o^)/By-千里

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by chisato-antares | 2010-01-13 20:39 | いのちのDIARY | Comments(17)

Commented by ゆうき at 2010-01-13 21:46 x
また、読み入ってしましました。
今ちょっと震えています。
夏菜ちゃんは、やはり、赤ちゃんの頃から強かったんだな。
心から思います。

沖縄での、ご家族の笑顔、素敵です。
初めて動物と触れ合う夏菜ちゃん嬉しいそう。
自転車に乗ってご機嫌の夏菜ちゃん、
初めて手押し車に乗れるようになった夏菜ちゃん誇らしげで眩しいです。
三歳の誕生日のケーキを囲む三人、すごく幸せそうです。
かかぁ殿下一家の歴史に目がウルウルしてしまいました。
Commented by tamanuno at 2010-01-13 21:50
はー、切ないね。でも家族の愛が伝わってきたよ。いつも、大事な話を聞かせてくれてありがとう。
今日もさくらは、八時半ごろ、私の手をにぎりながらすやすや眠ってくれました。幸せ。
Commented by ねね at 2010-01-13 22:05 x
このときのことは、今でも、覚えています。
私も一緒に病院まで、着いていったことも・・・

あのまま、意識が戻らなかったら・・・と、思うと、震えてしまったこと。まだ、鮮明に覚えています。

小さい頃の写真、とても、懐かしいです♪

応援のポチ☆彡
Commented by M.K. at 2010-01-13 22:57 x
大変だったのねー。この時のご家族の気持ちを思うと私も涙がでます。 お母さんの愛、家族の愛、絆が素晴らしい! 

今はその時よりもっと多くの人が声援を送っているに違いありません。 読者の皆さんの中にも、知り合いや、お身内の中にも障害を持った人がいる方もいるでしょう。そんな方達がこのブログを読んできっと勇気づけられることでしょう。世の中のもっと多くの方達が障害を持つ人に対して深い理解を持って欲しいですね。普通に障害なく生まれてきても、後に交通事故や、転倒や災害などに遭い障害者になることも多い世の中です。 誰にもでも起こりうることですね。どんな人でも受け入れて優しく自然に触れあえる社会にしたいですね。

夏菜ちゃんはしっかりした精神を持っていると思いますよ。彼女に多くの幸がもたらされることを祈っています。
Commented by みなみ at 2010-01-14 09:29 x
夏菜ちゃん後遺症がなくて良かったですね。小さい頃の写真もすごくかわいいです。
Commented by M at 2010-01-14 09:32 x
お互い3人の子供がまだ幼くてを走りまわりながら子育てしている時も、会えばいつもchisatoちゃんは前向きだったよね。
だた時間がないからお互い話したいことや伝えたいことが早口だったような気がしてます。
後から、chisatoちゃんは色々教えてくれてたんだと気づかされたりしてました。
いろんなことがあったあの時期、一生懸命でよく学んだなと思います。しかもchisatoちゃんの専売特許「笑顔」で♡これは夏菜ちゃんにも受け継がれてるね♡
Commented by アシュトン at 2010-01-14 14:44 x
拝見させていただきました。
応援ポチポチ!
Commented by hazuki226 at 2010-01-14 16:57
こんばんは~

「病棟に電話するように」その言葉を思い出して
良かったですね・・・
家族での沖縄の写真、楽しそう ♪
Commented by sakuraちゃん at 2010-01-14 21:31 x
病院でも対応の仕方が人によって、全然違いますね。よかった!
「病棟に電話するように」って主治医の言葉。嬉しいですね。
でも、よく思い出しましたね。地獄に仏ってこのことですね。
夏菜ちゃんは生きる力があったんですよ。

沖縄の旅、楽しそう!笑顔って素敵ですね。(^-^)
Commented by chisato-antares at 2010-01-15 06:38
ゆうきさんへ
夏菜がけいれんを起こした時は本当に怖かったです。でもちゃんと「観察」して先生に話さないといけないので「何分間」「どのようにけいれんしていたか」「目の様子」など、本に書いてあった項目のチェックをして震える手でメモをとっていました。今でもそのことを思い出すと怖いですね…
Commented by chisato-antares at 2010-01-15 06:41
すみころちゃんへ
子供は元気が一番です。でも、もし夏菜のようにけいれんを起こしたらちゃんと冷静にならないといけませんね。みんなで騒いでも誰かが冷静になって連絡するのは母親の仕事であると思います。
さくらちゃんが元気にすくすくと育ちますように・・・
Commented by chisato-antares at 2010-01-15 06:43
ねねさんへ
あの時はねねさんはガタガタと震えて止まらなかったね。でも私たちはどんなことがあってもちゃんと構えないといけないといつも思っているので先生に言われてもシッカリと受け止めました。もしであっても、構えるのが親なんだと思っています。
Commented by chisato-antares at 2010-01-15 06:49
M.K.さんへ
夏菜のように生まれつき(と言うか生まれたときの後遺症)の障害児は結構多いのですが、世間ではあまり知られていませんね。中途障害者もそうです。昨日のテレビで「障害者を『かわいそうな人』と思っていましたが違うと言うことが分かりました」と言っていた俳優さんがいました。そうなんですよね。「幸せ」ってその人の考え方で本人がそうではないことが多い。障害者=不幸な人ではない。そのことをもっと知ってほしいです。
Commented by chisato-antares at 2010-01-15 06:53
みなみさんへ
夏菜は本当に後遺症がなくすみましたが、ほとんどの同じ症状のお子さんは残ってしまったほうが多いようですね。
お友達でも3歳の時に熱でけいれんを起こして重い障害が残ってしまいました。3歳までちゃんと成長していたお子さんだったのでママは受け止めるのが大変だったようですが今はしっかりママです。
Commented by chisato-antares at 2010-01-16 07:08
アシュトンさんへ
はじめまして。ようこそです。
これからもがんばりますのでよろしくお願いしますね!
Commented by chisato-antares at 2010-01-16 07:12
葉月さんへ
あの時のことは今でもドキドキしますが、とにかく私たち親が落ち着いていないといけないと思って、冷静でいました。
本当にいい先生でよかったと今でも思っています。K先生は今は他の病院で未熟児ちゃんたちのNICUの責任者になっています。
きっといまでも多くの赤ちゃんを助けています。
子供が小さいうちにたくさんお出かけしました。たくさんの写真を見るとすごく懐かしいです。
Commented by chisato-antares at 2010-01-16 08:02
sakuraちゃん へ
本当に夏菜はいろいろとありましたが今はとっても元気で10年まえまで本当に「大丈夫だろうか…」「もうだめかも…」と何度も思いました。夏菜の生命力はすごいです。夏菜にはきっとふしぎな力があるんでしょう!
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